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夢の先の、その先は の小説カバー

夢の先の、その先は

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俺と亮治の付き合いは、もう20年も前に遡る。

母子家庭だった亮治が転校してきたのは小学4年の時だった。

関西から、身内も誰もいないこの地方都市にわざわざ越してきたのは、酒癖のひどく悪かった父親から逃げる為だったらしい。

小さいながらも堅実な経営と拘りの味で人気のある酒造メーカーである俺の実家が、年々減りつつある若い杜氏を育てる為に…と『寮完備』で打ち出した求人を職安から勧められたんだそうだ。勿論、あくまで『独身』の『若い男性』を探していた両親は、当初はずいぶん困惑したらしい。

しかしその母親の事情を知り、良くも悪くもお人好しな両親は彼女の受け入れ先になる事を決めた。

亮治が俺と同い年だったというのも理由としては大きかったのだろう。落ち着いた環境の中で、子供には伸び伸びと育って欲しいのだと彼女に笑いかけた親父の顔は、息子から見ても本当にカッコ良かった。

亮治達には寮ではなく、うちの隣に建っていたマンションの一室が宛がわれる事になった。まだ小学生で、おまけに知らない土地に越してきたばかりの亮治を、できるだけ一人ぼっちにしなくて済むようにとの配慮だったらしい。学校にも事情は説明しており、無事に亮治は俺のクラスに転入になった。

つまり、母親が出勤前にうちに亮治を連れてきて一緒に朝飯を食い、昼は教室で給食を、そして夜は勉強をしながら彼女の終業を待ってみんなで晩飯を食ってから二人は部屋に戻る…という、1日の殆どの時間を亮治と一緒に過ごす生活を送る事になったのだ。

四六時中他人と一緒にいるなんて初めてだった。けれど、その頃の俺は一度もそれを嫌だとか苦痛だなんて思った事は無い。

一人っ子で、ずっと弟が欲しいと願っていた当時の俺にしてみれば、体が小さくて大人しい亮治を弟のように感じていたのかもしれない。

実際、耳慣れない関西弁を使うせいでからかわれる事も多かった亮治を守ろうと、同級生と大喧嘩になった事もある。

とにかく亮治は、とても自然に、ごく当たり前に一番身近な存在へとなっていた。

夏休みに入っても俺達はやっぱり一緒にいた。うちで宿題をして、二人で学校の開放されたプールで遊び、戻ればお袋が用意してくれたかき氷を食べて昼寝する。

一人きりで過ごさなくて良い長い休みはこんなに楽しいのかと、毎日ワクワクした。

そんなある日だ。

宿題をしながらふと思い出し、俺はテレビをつけた。

普段は勉強しながらテレビを見るなんて事はしないから、亮治はちょっと不思議そうに俺を見ていた。

映し出されたのは真夏のグラウンド。丁寧に整えられた黒土には水が撒かれ、そのグラウンドを取り囲むスタンドには溢れそうなほど人が詰めかけている。

「あれ? 高校野球?」

「うん、今日はうちの県の代表が出るけぇね、やっぱりここは応援せにゃあいけんじゃろ。今年は強いみたいなんよ…あ、ほら、出てきたじゃろ。あの背番号1番。あれ、この辺の出身でねぇ、今年のドラフト候補なんじゃって。今大会屈指の右腕。ほんで、今からバッターボックス入る背番号5番もねぇ、打率と盗塁成功率ナンバーワン! 今年のチームはええんよ。だいぶ期待できるんで」

父親からの受け売りの知識を、ずいぶんと偉そうに話して聞かせたように思う。

うちの地元にはプロ野球の球団もあり、また昔から高校野球の強い地域でもあったから、比較的野球熱が高い。俺も、熱狂的ファンとまではいかないまでも赤いヘルメットを見れば気持ちは昂るし、夏のこの時期は県代表の勝敗にハラハラしていた。

「ええのぉ…いっぺん甲子園で応援してみたいのぉ」

「たかちゃん、自分がやりたいとは思えへんの?」

「俺ぇ? だって俺、球技嫌いじゃもん。野球なんかボール投げてもキャッチャーまで届かんし、バット振っても当たらんけぇね。無理じゃ、無理」

そんな俺の言葉をどんな気持ちで聞いていたんだろう。隣の亮治が、いきなり真面目な顔で俺の手を握りしめてきた。

「わかった。そしたら、僕がたかちゃんを甲子園に連れてったげる」

「はぁ? お前急に何?」

「僕、一生懸命野球の練習頑張って、ほんで県代表になって、たかちゃんに甲子園の応援席から応援してもらう」

小さくて大人しい亮治が急にハッキリキッパリと言い切って、たぶん俺は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてただろう。

けど、『バカじゃない?』『無理だろ』なんて言うつもりは無かった。

亮治の本気を感じたから。

ひょっとしたら、本当に甲子園に連れていってもらえるんじゃないかと思ったから。

「ほうか、わかった。俺も応援する! まずは、この辺で一番強いリトルリーグ探して入団テスト受けるところからじゃの」

「たかちゃんと一緒の時間は減ってまうけど、でも僕めっちゃ頑張るから。もし勉強遅れるようやったら、その時はたかちゃんが教えてな?」

「勉強じゃったら任しとけぇや。亮治が行きたい学校ならどこでも入れるように、俺が家庭教師しちゃるけん」

突然俺と亮治の間に共通の目標ができた。

早速親父や亮治のお母さんに話してみれば、地元に馴染める良いチャンスだとひどく喜んでくれた。仕事で培ったコネを使い全国大会常連だというリトルリーグに連絡を取り、時期が外れているからと渋るチーム側に頼み込んで入団テストを受けさせてもらえる事になったのだ。

結果は…まさかの一発合格。

体は小さくとも、未経験者だと思えないほどのセンスと筋力を見せたらしい。

後から聞いた話によると、亮治の親父さんは元々社会人野球の花形選手だったんだそうだ。プロ入りが期待されるも結局ドラフトにかかる事はなく、その後肩を壊して野球を辞めたらしい。

合格の知らせを聞いて、『やはり血は争えない』と嬉しそうな苦しそうな、少し複雑な顔をしていた亮治のお母さんを今でも覚えてる。

それからの亮治は、まるで取りつかれたかのように練習に明け暮れた。

いつの間にか白かった肌は真っ黒になり、頼りなげに小さな声で発していた関西弁は少しずつ俺達と同じ訛りになっていった。

中学校に進むと、成長期に入ったらしい亮治の体はみるみる大きくなった。俺よりずいぶんと小さかったはずの身長は1年生を終える頃には並び、2年の夏には当たり前のように追い越されていた。

別に俺が特別小さかったわけじゃない。

人並みに成長期を迎えたし、人並みに身長だって伸びた。

ただアイツが人並みじゃなかっただけだ。

おそらく中学の3年間で30cm以上は伸びただろう。制服の裾を出してやるだけじゃ間に合わないと亮治のお母さんは頭を抱えてたっけ。

人並み外れてたのは、身長だけじゃない。その身体能力ってやつも見立ての通り桁外れだった。

所属していたリトルリーグ自体は3年間で最高成績が全国大会ベスト4止まりだったものの、エースナンバーを背負った亮治の球速は体の成長と共にみるみる伸びていき、最後の試合では時速140kmを超えるストレートを武器にできるまでになっていた。

バッティングでも5番を任され、得点圏打率は出場選手中断トツの1位と、チャンスにめっぽう強いメンタルと技術の高さを見せつけた。

となると当然、中学卒業後の進路が話題になる。実際アイツの所には、関西屈指の強豪校や東北に初めて夏の大会優勝旗を持ち帰った高校など、私立の雄と呼ばれる学校から推薦入学の話がわんさか来ていた。

またわざわざ県外に出なくても、うちの県にも古豪強豪、野球で有名な学校はいくらでもある。県内だけでも引く手あまただ。

俺の家庭教師ぶりが良かったのか元々頭まで良かったのか、亮治の成績は決して悪くないし、生活態度も非常に真面目でトラブルのトの字もありゃしない。

行きたい学校、やりたい野球…アイツはどこでも好きなように選べるはずだった。

しかしいざ蓋を開けてみれば亮治が選んだのは…俺と同じ高校。

県内有数の進学校ではあるけれど、野球部自体は可もなく不可もなくという学校だ。旧制中学時代に1度だけ甲子園に出場した事はあるらしいが、それ以降県予選を突破できた事はない。

「お前なぁ、何でよりによってアソコ選んだんな。甲子園出たいんじゃないんか」

そう怒った俺に、体は大きくなっても俺に対してだけ甘える仕草の残る亮治は、まるで『怒らないで』とでも言いたげにムギュとしがみついてきた。

「たかちゃんを甲子園に連れて行くんじゃけ、たかちゃんとおんなじ学校に行かにゃ意味なかろ? 応援席の一番ええ所で見せちゃげるけん…怒らんといて? 俺、ちゃんと甲子園行くけ、ずっと俺だけを応援しといてよ?」

『ね?』と覗き込むように見つめられて、俺がそれ以上何も言うわけにはいかない。

昔からそうだ。

俺は亮治にとことん甘い。亮治も俺にだけは甘えきってる。

それは相変わらず俺達にとっては当然の事で…何の苦でもない。

亮治にとって『俺』という存在が何よりも大きいと気付いたとある学校関係者に押し付けられた入学案内のパンフレットは、当人に目を通される事もなくクチャクチャにされ、そのままゴミ箱に直行した。