フォローする
章
共有
愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う の小説カバー

愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う

母の葬儀という悲しみの最中、夫の鷹司暁は仕事だと嘘をつき、幼馴染のために豪華な船上パーティーを開いていた。親族の嘲笑を浴びながら一人で喪主を務める私に、彼は秘書を通じて香典を届けさせるだけで、顔すら見せようとしない。ようやく火葬場に現れた暁は、遅刻を棚に上げて幼馴染を庇い、悲嘆に暮れる私を「みっともない」と冷酷に突き放した。三年間、従順な妻として彼を支え、その身に新しい命を宿していた私の心は、この瞬間に完全に決壊した。私は淡い期待を捨て、離婚届と中絶同意書を残して彼の前から姿を消す決意をする。それから五年後。過去を捨てた私は、パリでその名を轟かせる天才オークショニアへと変貌を遂げていた。華々しい舞台で自立した女性として輝く私の前に、かつて愛を誓い、そして私を裏切った元夫が再び姿を現す。失意のどん底から這い上がった元妻の、華麗なる逆転劇が幕を開ける。冷徹な夫への復讐と、自らの力で運命を切り拓く再生の物語。
章
共有

章 2

静香は集まってくれた参列者一人一人に対し、機械のように頭を下げて回った。感謝の言葉を口にしながらも、心の中では鷹司暁という男への三年間の想いを静かに葬っていた。

霊柩車がゆっくりと斎場を離れていく。静香は傘もささずにその場に立ち尽くし、遠ざかる車を見送った。冷たい雨が喪服を濡らし肌の温度を奪っていくが、心に空いた穴の痛みに比べればずっとましだった。

火葬場の家族控室は、ひどく冷え切っていた。

すべてが終わり、静香は一人硬い長椅子に腰を下ろして、母の小さな骨壺を大切に抱きしめていた。その時、慌ただしい足音とともにドアが開けられ、冷たい外気と共に鷹司暁が入ってきた。

「静香」

彼の声を聞いた瞬間、必死に堪えていた涙の堰が決壊しそうになった。

だが、暁が何かを言う前に、彼の背後から華奢な影が姿を現した。堀川美羽だった。彼女はひどく青ざめた顔で申し訳なさそうに身を縮め、か細い声で言った。

「ごめんなさい静香さん。昨夜、私の母が急に倒れてしまって……暁さんがずっと付き添ってくださったの」

美羽は暁が不眠不休で手伝ってくれたことを、すまながりながらも事細かに説明した。暁はそれを否定もせず、気まずそうに黙って立っている。その態度が静香の悲しみをどす黒い嫌悪感へと変えた。

「どうして電話に出なかったの」

静香の声は自分でも驚くほど冷たく響いた。

「病院で携帯の電源を切っていたんだ。気づいた時にはもう……」暁は弁解するように言いよどんだ後、静香の冷たい視線に耐えかねたのか、少し声を荒げた。「悪かったと思っている。だが、こんな場所で人を責めるような真似はよしてくれ」

彼は静香の異常に青ざめた顔に気づき、無意識に手を伸ばそうとした。しかし静香は条件反射のように身を引く。暁の手が気まずそうに宙を彷徨った。

「あなたたちの顔なんて見たくない」

三年間従順な妻を演じてきた仮面が音を立てて剥がれ落ちる。静香は傍らのバッグからずっと前に用意していた一枚の封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。中から覗くのは『離婚届』の文字だった。

その文字を見た暁の瞳が鋭く細められた。

「静香、いくら怒っているからといって冗談が過ぎるぞ」

「暁さん、静香さんもお母様を亡くされたばかりで気が立っているのよ」

美羽がとりなすように間に入ったが、それがかえって火に油を注ぐ結果となった。

静香はもはや彼らと言葉を交わす気力すら失っていた。骨壺を大事に抱き直して立ち上がると、無言のまま暁の脇をすり抜けて部屋を出ていこうとした。

その時、数日の疲労で体がついていかず、足元がふらついた。暁がはっとしたように彼女の腕を掴む。その手に触れた静香の体の信じられないほどの薄さに、彼は一瞬息を呑んだ。

「きゃっ」

暁が急に動いた反動で、元々体調が万全でなかった美羽がバランスを崩し、暁の体にもたれかかった。暁は反射的に静香の腕を離し、倒れかけた美羽を支えてしまう。

静香はその光景をただ冷たい目で見つめていた。

「私に触らないで」

彼女は静かに告げると、暁に掴まれた腕をハンカチで拭い、背筋を伸ばして控室を出た。

廊下を歩きながら、平坦な自分のお腹をそっと撫でた。この誰からも祝福されることのない命。もし鷹司の家で生まれれば、この子まで悲劇に巻き込んでしまうかもしれない。静香の心の中である決断が下された。

「待て、静香!」

暁は美羽を長椅子に座らせると、慌てて後を追ってきた。

廊下の突き当たりで静香は足を止めた。振り返った彼女の瞳にはもはや何の感情も浮かんでいない。

「私たち、これで終わりにしましょう」

三年間分の絶望がその一言に凝縮されていた。

しかし暁はまだ事の重大さを理解していなかった。彼は静香が母を亡くした悲しみと自分への当てつけで、離婚という言葉を口にしているだけだと思い込んでいた。

「静香さん、誤解なの!」

休んでいるはずの美羽が追いついてきて、弁明しようと静香の袖を掴もうとする。

「やめて!」

静香が反射的にその手を振り払うと、足元のふらついていた美羽はバランスを崩し、床に崩れ落ちてしまった。

「何をするんだ!」

暁は倒れた美羽を庇うように抱き起こし、信じられないという目で静香を睨みつけた。

その姿を見て、静香の心から最後の未練も完全に消え失せた。もはやこの男のために一言も言葉を費やしたくない。

彼女は骨壺を濡らさぬようコートの胸元に抱え込むと、重い体を引きずるようにして外へと続く階段を下りていった。一歩一歩が過去との決別を意味していた。

暁はエントランスから雨の中に消えていく静香の背中を呆然と見つめていた。胸の奥に得体の知れない不安が湧き上がってくる。だが彼はまだ頑なに信じていた。少し頭を冷やせば、彼女はいつものように家に戻ってくるはずだ、と。

静香は通りに出ると一台のタクシーを拾い、濡れた体をシートに沈めながら震える声で行き先を告げた。

「病院までお願いします」