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彼女の犠牲、彼の盲目の憎悪 の小説カバー

彼女の犠牲、彼の盲目の憎悪

上司である神宮寺朔は、私の幼馴染でもあった。しかし、今の彼に宿るのは私への深い憎悪だけだ。彼は婚約者の姫川玲奈が体に傷がつくのを嫌がったという理由で、私に骨髄提供を強要する。さらに玲奈は私の存在そのものを消そうと画策し、高額な贈答品を破壊した罪や暴行の濡れ衣を次々と着せていく。朔はその言葉を鵜呑みにし、割れた破片の上で私を跪かせ、警察に突き出しては留置場で暴行を受ける私を冷酷に見捨てた。追い打ちをかけるように、彼は私の両親を誘拐し、建設中の超高層ビルから吊るし上げるという蛮行に及ぶ。電話越しに朔の勝ち誇った声が響く中、無慈悲にもロープは切れ、両親は暗闇の底へと消えていった。絶望の淵に立たされた私の口内には、彼が知る由もない病の血の味が広がる。朔は嘲笑いながら「そこから飛び降りればいい」と自害を促した。その言葉を受け、私は静かに「わかった」と囁く。心も体も限界を迎えた私は、愛した男の言葉に従い、何もない空へとその身を投げ出した。
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章 2

一週間後、彼女のスマホが朔からのメッセージで震えた。

「チャリティーオークション。午後8時。帝国ホテル」

それは依頼ではなく、命令だった。

紗良は時間通りに到着した。彼女のシンプルな黒いドレスは、周りのきらびやかなガウンや宝石とは対照的だった。

朔はプライベートブースにいた。競売人が高価なアンティークや美術品を紹介するのを、退屈そうに眺めている。

彼は彼女に気づいても、何の反応も示さない。

ただ、無表情でステージを見つめているだけだった。

次々と品物が通り過ぎていく。

ヴィンテージカー、ダイヤモンドのネックレス、亡き巨匠の絵画。

朔は眉一つ動かさなかった。

その時、競売人が次の品物を披露した。

「そして今夜、真にユニークな逸品が登場です!手彫りのクリスタルの白鳥、一対!永遠の愛の象徴でございます!」

それは美しく、光を受けて無数の小さな虹を放っていた。

その夜初めて、朔は背筋を伸ばした。

その黒い瞳に、興味の光が宿る。

別の男が競りを始めた。

朔は即座に対抗した。

価格はみるみるうちに吊り上がり、すぐに白鳥の本来の価値を上回った。

それは意志のぶつかり合い、朔ともう一人の入札者の間の、力の誇示となった。

「1億円!」

競合相手が叫んだ。

朔はためらわなかった。

「5億」

会場は静まり返った。

もう一人の入札者は首を振り、席に着いた。

競売人は呆然としながらも、木槌を打ち鳴らした。

「落札!神宮寺様が5億円で落札されました!」

彼は朔の方を向き、好奇心に満ちた笑みを浮かべた。

「神宮寺様、差し出がましいようですが、これはさぞかし特別な女性への贈り物なのでしょうな?」

朔の冷たい表情が和らいだ。

彼はテーブルのマイクを手に取り、その滑らかで深い声がボールルームに響き渡った。

「婚約者の玲奈へ贈るものだ」

そう言うと、彼の唇に温かい笑みが浮かんだ。

それは、紗良が7年間見ていなかった笑顔だった。

「彼女は、私の人生で最も大切な存在だ。彼女のためなら、どんな代償も惜しくない」

会場は拍手に包まれた。

紗良は心臓が締め付けられるのを感じた。

一つ一つの言葉が、彼女を打ちのめす。

彼は観衆のために演じている。だが、そのメッセージは彼女に向けられたものだった。

彼女が失ったもの、金のために投げ捨てたものを、これでもかと見せつけるための、もう一つの方法。

彼女は今、自分の居場所を悟った。

自分は彼の過去を思い出させる存在であり、彼がその残酷さを研ぎ澄ますための砥石に過ぎないのだと。

それ以上でも、それ以下でもない。

朔が席を立とうとした時、次の品物がステージに運び込まれた。

それは、大きな布で覆われた檻だった。

競売人の声が響き渡る。

「そして、今夜最後にして最もスリリングな逸品…壮麗なる、純血のチベタン・マスティフです!」

布が引き剥がされた。

中には、夜のように黒い巨大な犬がいた。その目は、燃える石炭のようだ。

檻の格子に体を押し付け、牙を剥き出しにして唸っている。

それはペットではなく、獣だった。

観衆の間に、不安などよめきが走った。

突然、バキンという大きな音と共に、檻の掛け金の一つが壊れた。

犬がドアに体を叩きつけると、ドアが勢いよく開いた。

混乱が勃発した。

巨大な犬がステージから飛び降りると、人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。

それは、黒い毛皮と唸り声の塊だった。

そして、まっすぐに朔に向かってきた。

時間が、ゆっくりと流れるように感じられた。

考えるより先に、紗良の体が動いていた。

彼の前に、身を投げ出していた。

「朔、危ない!」

犬が彼女に激突し、その重みで地面に倒された。

信じられないほどの灼熱の痛みが走る。犬の牙が、彼女の腕に食い込んだ。

彼女は、生の、恐怖に満ちた悲鳴を上げた。

もう片方の腕を犬の太い首に回し、引き離そうとしたが、あまりにも力が強い。

犬は頭を振り、彼女の肉を引き裂いた。

「紗良!」

朔が彼女の名前を叫ぶのが聞こえた。

彼が侮蔑以外の感情を込めてその名を呼んだのは、何年ぶりだろうか。

その声に、一瞬、パニックが聞こえた。

恐怖が、聞こえた。

彼が動くのが見えた。

彼女と獣の間に割って入ろうと、その体を盾にしている。

警備員たちが殺到し、ようやく犬を彼女から引き離した。

彼女の腕は、血と破れた布で無惨な状態だった。

痛みは凄まじく、世界がめまいと共に黒く染まっていく。

彼女は崩れ落ち、その頭は朔の膝の上に着地した。

意識を失う前に最後に見たのは、彼の顔だった。

青ざめ、こわばり、その黒い瞳は、彼女には名付けようのない感情で見開かれていた。

彼女が目を覚ますと、そこは病院の一室だった。

消毒液の匂いが鼻をつく。

腕には分厚い包帯が巻かれ、もう片方の手には点滴の針がテープで留められていた。

朔が、ベッドのそばの椅子に座っていた。

彼は疲れ果てているように見えた。いつも完璧なスーツはしわくちゃで、顎には無精髭が生えている。

彼女の目が開いたのを見ると、彼の瞳に光が灯った。

「目が覚めたか」

彼の声は、荒々しかった。

彼は立ち上がってベッドに近づき、カルテを手に取った。

「医者が言っていた。かなりの量の血を失ったそうだ。貧血がひどいと」

貧血。

彼はそう思っている。

紗良は彼の手からカルテを奪い取ろうとしたが、その動きで腕に激痛が走った。

彼女が顔をしかめた、その瞬間、それが見えた。

彼の、手の甲。

そこには、真新しい絆創膏と、小さな穿刺痕があった。

注射の、跡。

看護師が、明るい笑顔で入ってきた。

「あら、よかった、目が覚めたんですね!本当に優しいパートナーさんですね。一晩中付き添ってくださって、血液バンクの在庫が少なくなった時も、ご自分で輸血してくださったんですよ」

紗良は衝撃を受け、彼を見つめた。

彼が、彼女に血を。

彼を見上げると、彼はさっと顔を背け、彼女の視線を避けた。

看護師は続けた。

「事務手続きのために、いくつか確認させてください。こちらの方、パートナーさんでよろしいですよね?」

「いいえ」

紗良の声は、静かな部屋に、はっきりと、そして固く響いた。

「違います」

「私の上司です。神宮寺様」

部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

朔の頭が、彼女の方へ勢いよく戻る。その顔は暗く、束の間の温かさは消え去り、見慣れた氷の仮面が戻っていた。

看護師は突然の緊張を察し、そそくさと部屋を出て行った。

「上司?」

朔は、危険なほど低い声で繰り返した。

「俺がお前にとって、それだけの存在だと?」

彼は一歩近づき、その影が彼女を覆った。

「なぜだ、紗良?なぜ俺の前に飛び出した?」

彼の目は彼女の目を捉え、答えを要求していた。

「もっと大きなボーナスが欲しかったか?それとも、もっと良い人事評価か?お前にとっては、すべてに値段がつくんだろう?」

その問いはあまりにも不当で、あまりにも残酷で、彼女は言葉を失った。

苦いものが、喉の奥からせり上がってくる。

彼の命を救ったばかりなのに。

これが、彼の答えだった。

二人の間に、重く、息の詰まるような沈黙が流れた。