フォローする
章
共有
臥待ち月の情人 〜月曇り〜 の小説カバー

臥待ち月の情人 〜月曇り〜

大人気作『臥待ち月の情人』のその後を綴る待望の続編。物語の舞台となるのは、美しき男娼・夕(ゆう)と、彼を傍で支え続ける陽(あき)が織りなす危うくも切ない愛の世界です。平穏な日々を過ごしていた二人でしたが、ある日、店に一人の客が姿を現します。その男は、丁寧な言葉遣いの裏に傲慢さを滲ませる慇懃無礼な人物でした。不穏な空気を纏うその来訪者は、夕が心の奥底に封印し、決して誰にも触れられたくなかったはずの凄惨な過去を詳細に把握していました。予期せぬ再会、あるいは執着か。男の登場によって、秘められていた真実の断片が静かに、しかし確実に露わになっていきます。過去の呪縛が再び二人を翻弄し、平穏だった日常には暗い影が差し込み始めます。夕と陽、二人の絆が試される新たな試練。ミステリアスな雰囲気が漂う中で、隠された過去の謎と愛の行方が交錯する、珠玉のBLロマンス・ミステリーが幕を開けます。夕の知られざる過去とは一体何なのか、そして男の真の目的とは。月光の下で紡がれる、濃密な物語の続きをぜひお楽しみください。
章
共有

章 2

「ああ、申し訳ありません、この季節、扱っていないんですよ。すみませんねえ」

 ぶつぶつ言いながらがに股で出て行く中年の男の背中に、店主の相良京一郎(さがらきょういちろう)はべっと舌を出した。

住宅街の片隅にある花屋、煌(きら)。 一年中、珍しい花を置いているのには訳がある。 すぐ近くに建つ大きな屋敷、「臥待月」の客のためにだけ存在する花屋である。 「煌」とは、別名、綺羅星。和名で金星のことをそう言う。 月のそばでひときわ輝く、宵の明星からその名が付けられたらしい。

「臥待月」は、知る人ぞ知る隠れ宿。 上等な男娼が、一晩にひとりだけの客を取る。宿に「選ばれた」と言っても過言ではない客は大枚をはたいて、指定された花を目印に宿の門をくぐる。 その花は、季節をはずすと簡単に手に入らないものも多く、それを準備できず諦める者や、持たずに訪れ入館を断られる者もいる。 それでもなんとかして宿を訪れたい者が、調べに調べて宿の近くで営業する「煌」を見つけ出す。偶然に見せかけて、実は計算されているのだ。 「煌」は目立つ看板もなく、前もって知らなければ、ただの住宅にしか見えない。入るのを躊躇うほど、ぱっと見にはわからない仕組みだ。

「ったく、最近はろくな客が来ねえ。どうなってんだ」

「……京一郎さんのところに来るまでに、チェック通ってるんじゃなかったんですか」

陽はピンクの薔薇がグラデーションになって刺さっている花器に顔を近づけた。京一郎は椅子に乱暴に腰を降ろして、わざとらしく足を組んだ。

「そのはずだったんだがな…一度、仲介人も総入替しないと駄目みたいだ。資産と性癖くらいしかチェックしてねえな、こりゃ」

「臥待月」は、最近オーナーが資産家、相楽丈一郎氏から、三男の相楽晴登(さがらはると)氏に代わったばかり。

男娼のひとり、新城夕(あらしろゆう)が客に刺されて大怪我を負い、半年間休館を余儀なくされた。リニューアルを兼ねて、先週から再開したばかりだ。 夕の怪我を看たのが、京一郎さんだった。元オーナー丈一郎の腹違いの弟で、医師免許を持ちながら、のんびりと花を売る。

しかし実は、この京一郎さんの目に叶った男でなければ、「臥待月」の門はくぐれないようになっている。 資産、職業、健康状態、性癖……そして、犯罪歴まで調べ上げられる。 もしも危険な客と判断された場合、直接守衛に連絡が入り、門が閉められ、灯りも消される。言葉の通り、門前払いをくらうのだ。 が、稀に彼ですら見抜けない輩も混じることがあるらしい。それが先日の事件だった。 

「臥待月」で男娼として働く俺、波多野陽(はたのあき)は、その仕事の様子を見に、初めて「煌」を訪れた。

「金がありゃいいって訳じゃないんだよな~、やっぱ人間、品よ、品。そう思わねえ?」

「はあ…」

品が大事と言いながら、京一郎さんは大きく口をあけて笑った。 見た目はなかなかにいい男だが、べらんめえ口調が玉にキズだった。夕のことがあってからよく話をするようになったが、丈一郎(じょういちろう)氏や晴登さんと同じ、相楽家の人間とは思えなかった。

年齢は、丈一郎氏よりも長男の弓(ゆづる)さんに近い。30代後半といったところだ。

「あの、京一郎さん」

「あん?」

「京一郎さんは、お客さんのどこを見て…判断しているんですか」

「ん~~…そうだな…」

京一郎さんは立ち上がり、俺の前に立った。そして額の真ん中を人差し指で強く押した。

「俺は医師免許を取る前、あんまり人に言えない仕事をしてたことがあんだわ」

「人に…言えない仕事…?」

 「そこで、人を見る目を養われたっていうか…あぶねえな、こいつ、っていうのは見抜けるようになったんだな…まあ、たまに見逃しちまうこともあるけど」

「…見抜ける…ですか」

「そうそういるもんじゃねえけどな、そんなトンデモナイ奴は」

 医師免許を持っているまだ若い京一郎さんが、なぜ医者じゃないのかは、「人に言えない仕事」に就いていた経歴が関係するのだろうか。明るい性格の彼のことだから、聞けば簡単に教えてくれるかもしれないが、俺は聞くのはやめておいた。

「それはさておき、夕の調子はどうだ?」

「おかげさまで…この間久しぶりに客を取りましたけど、満足して帰られたので、すっかり元通りかと…」

「そうか……陽、あのな」

 「はい?」

京一郎さんの雰囲気ががらりと変わった。鋭い視線に俺は怯んだ。

「よく、見ててやってくれ。あいつはたまに、感情に蓋をする。辛くても気づかないふりをするんだ」

「……はい」

「あいつと、寝たか?」

「………」

「あー…、ごめん。プライベートに踏み込んで悪いんだが…ひとりきりだと、ひどく危ういんだ、夕は。だから…」

「危うい…?」

「ああ、頼むよ。やっと、心を開ける相手がみつかったみたいだからな」

夕が心を開ける相手。 まだ少しずつだけれど、確かに俺に心を開いてくれている。 京一郎さんの言葉が素直に嬉しく、しかしその裏に何かひっかかるものを感じながら俺はうなづいた。

この人は、夕の何を知ってるんだろう。