フォローする
共有
春待青は春を待っている の小説カバー

春待青は春を待っている

僕の幼馴染、春待青は誰もが見惚れるほどの美少女だ。しかし、彼女にはあまりにも浮世離れした奇妙な一面がある。周囲の空気を読むことはおろか、他人の名前すら一向に覚えようとしない自由奔放な性格。さらには、常識では考えられないことに、その手から冷たい氷を自在に生み出すという不思議な能力まで持っているのだ。そんな彼女の正体は、人間社会に紛れて暮らす「あやかし」だった。本作は、あまりにマイペースで予測不能な青と、彼女に振り回され続ける僕の日常を描いた現代ファンタジー。次々と現れる個性豊かなあやかしたちが騒動を巻き起こし、事態はいつも想定外の方向へと転がっていく。時にシリアスな展開を交えつつも、基本は笑いと賑やかさに満ちたドタバタ劇が繰り広げられる。氷を操る風変わりなヒロインと僕が織りなす、少し特殊で賑やかな恋の行方は一体どこへ向かうのか。現代を舞台に、あやかし要素をたっぷりと詰め込んだ新感覚のラブコメディーが幕を開ける。青が待ち望む「春」の意味とは何か、二人の奇妙な関係性から目が離せない。
共有

1

ふわりと、甘い香りがする。

 軽く波打つ長い黒髪は、さらりと揺れる度に天使の輪を輝かせ、肌は透き通るほどに白い。

 猫のような大きな黒い目は、角度によって藍色に輝き、まるで硝子玉で作った玩具の宝石のようだ。

「わたし、恋がしたいのです」

 まるで鈴が鳴るような軽やかさで、彼女はそう言った。

 絶世の美少女――彼女のことを、僕は幼い頃から知っていた。喋ったことも、遊んだこともあるし、なんなら彼女のちょっとした秘密だって知っている。いわば、幼馴染みという存在だ。

 だからこそ、彼女がそんなことを言い出したとき、僕は正直、嫌な予感しかしなかった。

「ねぇ、ミナミ」

 甘ったれた声で、彼女が僕の名前を呼ぶ。それを聞いた僕の中で、警報音が鳴り響く。

 例えば、僕が大事にとっておいた好物の唐揚げの、それも最後の一個を、気軽にねだってきたときのような。大寒波が押し寄せてきた寒い冬、なけなしの防寒具であった手袋とマフラーを意味もなく奪っていったときのような。

 そんな、しょうもなく致命的なワガママを言うときの声音だと、僕の経験が告げてくる。

 ひんやりと冷たい彼女の手が、僕の手を握る。固まる僕に、彼女はにっこりと文句なしの笑みを見せた。まるで天使のようだが、彼女の正体なら僕はよく知っている。

 彼女がまた一歩、距離を詰めてくる。濃くなる甘いミルクのような香りに、気持ちを一瞬持っていかれそうになる。

 少女――春待 青(はるまち あお)は、つまりはこういう女なのだ。

 悪戯っぽい、猫のような目が、僕を真っ正面から射る。不覚にもドキリとしてしまったことを、僕は早々に後悔した。

 彼女が言う。鈴のように軽やかに。あるいは、硝子玉のように、軽率に。

「わたしに、恋をさせてください」