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偽りの天才作家と影武者の妻 の小説カバー

偽りの天才作家と影武者の妻

世間から「天才作家」と称賛を浴びる夫。しかし、その華々しい名声の裏で全ての原稿を執筆していたのは、妻である私だった。過酷なゴーストライティングによる過労で流産し、二度と子供を授かれない体になった私を、夫は「便利な道具」としか見ていない。パリへの移住を目前にしたある日、夫は残酷な提案を突きつける。自らの愛人を「創作のミューズ」として同行させ、私には現地で家政婦として仕えろというのだ。愛人の偽りの妊娠を盾に、私の尊厳を無残に踏みにじる夫。その身勝手な振る舞いに、長年抱き続けた愛情は完全に冷め、静かな殺意にも似た決意へと変わった。私は独り、秘書へ電話を入れ、自分の航空券だけをキャンセルするように淡々と告げる。夫が空港で私の不在に気づく時、彼が築き上げた偽りの栄光は音を立てて崩れ去るだろう。これは、夫に人生を搾取され続けた女が、自らの手で自由と尊厳を取り戻すために仕掛ける、静かで残酷な復讐の物語である。物語の幕が今上がる。
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章 2

遼佑の言葉一つ一つが, 私の心を深く切り裂いた.

しかし, 私はもう, 何も反論しなかった.

反論する気力も, 意味もない.

彼の言葉は, 私の中に残っていた最後の希望を, 完全に打ち砕いた.

私の目から, 感情が抜け落ちていくのを感じた.

彼が言う「ミューズとしての魅力がない」という言葉.

私は, 彼が作家として成功するために, どれだけの犠牲を払ってきたか, 彼は何も知らない.

彼の作品を世に出すため, 私は自分の睡眠時間を削り, 食事もろくに取らず, 彼の原稿を書き続けた.

彼のアイデアを具現化し, 彼の言葉を磨き, 彼の物語に命を吹き込んだ.

彼の代わりに取材に行き, 時には徹夜で資料を読み込んだ.

彼の創作活動を支えるため, 私は自分の人生を, 彼のものとして捧げてきたのだ.

その結果, 私の体は, ボロボロになっていた.

不妊治療を始めたのは, 彼のためだった.

彼の作品が売れ, 名声を得て, ようやく安定した生活が送れるようになったら, 子供を授かろうと約束していたからだ.

だが, 彼の不摂生と, 夜遅くまで続く私のゴーストライティングが, 私の体を蝕んでいた.

医者からは, ストレスと過労による重度のホルモンバランスの乱れを指摘された.

そして, 決定的な診断が下された.

私の体は, もう, 子供を産むことができない.

流産は, その過酷な現実を, 私に突きつけるものだった.

私は, 彼にその事実を告げることができなかった.

彼が, 私を責めることが, 怖かったからではない.

ただ, 彼に, これ以上, 失望したくなかったからだ.

「お前は, なぜ働かないんだ?  俺の稼ぎにぶら下がって, 毎日何をしているんだ? 」

彼は, ある日, 私にそう言い放った.

私は, 彼のために働いてきたのに.

彼の成功の礎となってきたのに.

彼の目には, 私の存在は, ただの「無職の妻」としか映っていなかった.

その言葉が, 私の心に, 深い傷を残した.

私は, 彼の言葉に耳を傾けることなく, 静かに立ち上がった.

そして, 自分の部屋へと向かった.

開け放たれたクローゼットの中には, 私の服が, ほとんど残っていなかった.

私が, 少しずつ, しかし確実に, 自分の私物を整理していることなど, 彼は知る由もない.

彼との思い出の品々を, 私はもう, すべて処分した.

彼が買ってくれた高価なアクセサリーも, 彼と初めて旅行に行った時の写真も, すべて.

私の心から, 彼に関するすべてを, 消し去るように.

夜になると, 決まって不眠に襲われた.

彼の隣で眠るたび, 彼の呼吸が, 私の耳元で, 私を嘲笑っているように聞こえた.

私は, 彼の隣で, 何度も, 何度も, 涙を流した.

しかし, その涙は, もう, 彼への愛情からくるものではなかった.

ただ, 自分の人生を, こんな男に捧げてしまったことへの, 深い後悔と絶望からくるものだった.

彼との口論は, 日常茶飯事となっていた.

彼の私への態度は, 日ごとに横柄になり, 私の言葉に耳を傾けることもしなくなった.

私は, 彼との会話を避けるようになった.

彼が話しかけてきても, ただ, 必要最低限の返事を返すだけだった.

私の心は, 彼から完全に離れてしまった.

そんなある日, 彼は突然, 海外移住の話を切り出した.

「パリに拠点を移して, 執筆活動をしたい」

私は, その言葉に, 一瞬だけ, 希望を見た.

この生活から, 逃れられるかもしれない.

結泉という存在から, 解放されるかもしれない.

私は, 淡い期待を抱いた.

もしかしたら, この海外移住が, 私たち夫婦の関係を修復するきっかけになるかもしれない, と.

しかし, 彼の次の言葉が, 私のその淡い期待を, 完全に打ち砕いた.

「もちろん, 結泉も連れて行く」

彼は, そうこともなげに言った.

私の心は, 完全に, 打ち砕かれた.

もう, 何も, 残されていない.

彼の言葉は, 私の心を, 粉々に砕いたのだ.

私は, 彼の言葉に, 何も反応できなかった.

ただ, 静かに, 目を閉じた.

私の心は, 深い絶望の淵に沈んでいく.

彼の, この言葉は, 私にとって, 死刑宣告にも等しかった.

私は, この男と, この女と, これから先も, ずっと一緒に生きていかなければならないのか.

その考えが, 私を窒息させそうになった.

遼佑と結泉は, 私の目の前で, 互いに見つめ合い, 笑い合っていた.

その光景が, 私の目に焼き付く.

彼らの間には, 私など, 存在しないかのように.

私は, 彼らから視線を外した.

そして, 冷たい壁に貼り付けられた大きなホワイトボードを, じっと見つめた.

そこに書かれた数字.

出発まで, あと7日.

私は, その数字の横に, 新しい数字を書き加えた.

それは, 私の, 復讐へのカウントダウンだった.

その夜, 私は, 弁護士と連絡を取った.

離婚のこと, 財産分与のこと.

彼との12年間の結婚生活.

私の献身と, 彼の裏切り.

すべてを, 冷静に, 淡々と話した.

「すべて, 承知いたしました. 長浜様の意思を尊重し, 最善を尽くします」

弁護士の声は, 落ち着いていた.

私は, その言葉に, わずかな安堵を覚えた.

私の心は, もう, 痛まない.

ただ, 彼の裏切りに対する, 冷たい怒りが, 私の胸の中で燃え盛っていた.

翌日, 遼佑が私の電話を覗き込んだ.

「誰と電話していたんだ? 離婚, なんて言葉が聞こえたが」

彼は, 疑いの眼差しで私を見つめた.

私は, 冷静に答えた.

「あぁ, 私の友人のことよ. 夫が浮気をして, 離婚を考えているって. 愚痴を聞いていただけ」

彼は, 私の言葉に, 安堵のため息を漏らした.

そして, 私を安心させるように, 私の肩に手を置いた.

「バカな奴だな. 俺たちは, そんなことにはならないさ. 俺は, お前を愛している」

彼の言葉は, 私の心を, さらに冷たくするだけだった.

彼は, 私が流産の直後に, 結泉の妊娠騒動で私を追い詰めたことなど, もう忘れているのだろうか.

それとも, 最初から, 何も感じていなかったのだろうか.

「そうね」

私は, ただ, それだけを答えた.

彼の目は, 私の顔ではなく, 私の背後に置かれた新作の原稿に釘付けになっていた.

「ところで真悠枝, お前に言っていなかったが, 結泉のために, 新しいマンションを買ってやったんだ. 彼女は, 俺のミューズだからな. 最高の環境で, 彼女には創作に集中してもらいたい」

彼は, 得意げにそう言った.

私の心臓が, 冷たい氷に覆われたかのように, 重く沈んだ.

結泉のために, マンション.

私には, 何の相談もなく.

「マンション? 」

私の声が, かすかに震えた.

彼は, 私の動揺を, ただの驚きだと思ったのだろう.

「ああ. もちろん, お前には, この家があるだろう?  結泉には, 彼女だけの空間が必要なんだ. お前には, わからないだろうが, 芸術家には, そういうものが必要なんだよ」

彼は, 私を小馬鹿にするような目で見た.

彼の言葉は, 私の喉を締め付けた.

私は, この男のために, すべてを捧げてきたのに.

彼の成功のために, 自分の人生を犠牲にしてきたのに.

彼は, 私を, 何の価値もない存在としてしか見ていなかった.

「あなたに, 良心というものはないの? 」

私は, 震える声で, 彼に問いかけた.

彼は, 私の言葉に, 一瞬だけ, 顔色を変えた.

しかし, すぐに, 傲慢な笑みを浮かべた.

「良心だと?  そんなもの, 芸術家には邪魔なだけだ. お前は, 俺の才能を理解できないのか? 」

彼は, 私を侮蔑するような目で見た.

彼の言葉は, 私の心を, 完全に打ち砕いた.

もう, この男に, 何を言っても無駄だ.

私は, ただ, 静かに, 目を閉じた.

その時, ドアが開く音がした.

結泉だった.

彼女は, 満面の笑みを浮かべて, 部屋に入ってきた.

そして, 私の存在を, 完全に無視するように, 遼佑の腕に抱きついた.

「遼佑さん, お待たせしました. 私, 今から, 遼佑さんのために, とっておきの料理を作ってあげますね! 」

彼女は, わざとらしく, 私に聞こえるようにそう言った.

その声に, 私の心臓が, 再び, 冷たく凍り付く.

彼女は, 私を, 完全に, 見下している.

私の心を, 嘲笑っている.

「あら, 真悠枝さんもいらしたのね. あなたも, 何か召し上がる? 」

彼女は, 私を挑発するような目で見た.

その目には, 明確な敵意と, 優越感が滲み出ていた.

私は, 彼女の言葉に, 何も答えなかった.

ただ, 静かに, 彼女を見つめた.

結泉は, 料理が得意だと自慢していたが, 実際は, 何の料理も作れない女だった.

彼女が作る料理は, いつも, インスタント食品ばかり.

私が, 彼の健康を考えて, 毎日, 手作りの料理を作っていたことなど, 彼女は知らない.

いや, 知っていたとしても, 彼女は, それを嘲笑うだろう.

私は, 彼女が遼佑のために作った料理を, 一口も口にしなかった.

彼女は, それを見て, わざとらしく悲しそうな顔をした.

「あら, 真悠枝さん, 私の料理, お口に合わないかしら?  遼佑さんは, いつも美味しいって言ってくれるのに」

彼女は, 遼佑に甘えるように, その腕に顔を埋めた.

「真悠枝, 結泉の料理を馬鹿にするな. 彼女は俺のミューズだ. お前は, もっと彼女を敬うべきだ」

遼佑は, 私を睨みつけた.

彼の言葉は, 私の心を, さらに深く傷つけた.

私は, ただ, 静かに, 首を振った.

「私が, 料理に口を出したとでも? 」

私の声は, 冷静だった.

しかし, 私の心は, 怒りで燃え盛っていた.

「そうよ, あなた, いつもそうじゃない!  私が遼佑さんのために何かすると, いつも邪魔をする」

結泉は, 涙を浮かべながら, 私を責めた.

その涙は, 演技だ.

私は, 彼女の心を, 完全に読み取っていた.

「そういえば, 結泉, お前, この前, 俺のパスワードを当てたんだよな?  やっぱり, お前は俺のミューズだ. 俺のすべてを理解している」

遼佑は, 結泉に甘い声でそう言った.

その言葉が, 私の心臓を, もう一度, 深く抉った. パスワード.

それは, 私だけが知っているはずのものだった.

彼が, 私と結婚する前に, 私にだけ教えてくれた, 彼にとって, 最も大切な数字.

それを, 結泉が知っている.

「ええ, だって, 遼佑さんのことなら, 何でもわかるんですもの! 」

結泉は, 得意げに, 私を嘲笑うように言った.

その言葉が, 私の心を, 完全に, 打ち砕いた.

私の心は, もう, 何も感じなかった.

ただ, 一つの決意が, 私の心の中で, ゆっくりと, しかし確実に, 形作られていった.

それは, 彼への, そして, 彼女への, 最大の復讐だった.

私の人生を, このまま, 終わらせるわけにはいかない.

私は, 私の人生を, 取り戻す.

そのために, 私は, 彼らに, 最大の「不在」という復讐を, 与えるのだ.

出発まで, あと6日.