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病に堕ちたアルファの哀願 の小説カバー

病に堕ちたアルファの哀願

銀毒症という不治の病に侵されたアルファ。かつては誰もが畏怖し、崇拝の対象であった彼の威厳はもはや見る影もない。そんな彼に対し、伴侶である私は冷酷に決別を突きつける。月光石の婚約指輪を粉々に砕き、伴侶契約の解除申請書をその顔へ叩きつけたのだ。もはや彼を伴侶として認めるつもりはないという私の宣告に、内なる狼は歓喜の声を上げる。病の苦痛に喘ぎ、血走った目で膝をつく彼は、自らの愚かさを詫びながら必死に私に縋り付いた。醜い姿にはならない、決して負担はかけないと涙ながらに訴え、犬のように卑屈な態度で私を繋ぎ止めようと懇願する。しかし、私はその哀願に耳を貸すことなく、彼を乱暴に引きずって月の女神像の前へと向かった。もし彼が契約解除を拒むのであれば、私は女神に直接、彼に授けられた祝福をすべて取り消すよう願い出るつもりだ。かつての強者が地に伏し、愛を乞う無惨な姿を晒しても、私の決意が揺らぐことは決してないのである。
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章 2

1000億ドル。その場にいる全員の資産を根こそぎにしても、到底届かない天文学的な額だ。

ニックは崩れるように地面に膝をつき、私の手を取って彼の頬に触れようとした。

「ティリー、怒っているんだろう。僕がまた何か、君を不機嫌にさせるようなことをしたのか……」

かつて誰もが恐れたアルファが、今この瞬間、最も脆い一面を晒している。

その場にいた誰もが、彼に同情の念を禁じ得なかった。

しかし、私はただ冷ややかに両手を引き抜いただけだった。

「もう付きまとわないで。本当に、気持ち悪いわ」

ニックは呆然と私を見つめ、私の言葉が信じられないという顔をしていた。

私が背を向けた、その瞬間。傍らに立っていた医者のアンディが、私の十二歳になる知的障害の妹を地面に突き飛ばし、挑発的な視線を向けてきた。

「ティリー、ニックを捨てるのは勝手だけど、まさかこの子まで見捨てるつもり?」

妹は私に手を伸ばし、足元に這い寄ろうとする。だが私は冷笑を浮かべ、無慈悲に蹴り飛ばした。

「いらない」

アンディが瞬く間に駆け寄り、私の腕を強く掴んだ。

「彼の献身を裏切るなんて! 病気の彼を一人にして、面倒まで押し付けるつもり!?」

「忘れたの? ニックはあなたを群れに受け入れさせるために、追放されかけたのよ!」

その言葉に、私は眉をひそめた。

「アンディ、私の記憶が正しければ、あなたはただの医者のはずだけど」

「どういう立場で私を非難しているの?」

アンディは逆上し、私の目に突き刺さんばかりの勢いで指を突きつけてきた。

「あなたなんかに彼のルナになる資格はない!」

「あなたもあなたの家族も、ニックに養ってもらってるくせに!彼がいなかったら、今頃あなたは体と魂を売りさばく卑しい女になってたわよ!」

彼女の下劣な言葉が、私の中に眠る狼の怒りを呼び覚ました。獣が、咆哮をあげる。

衝動のままに、私は彼女の指を掴み、力任せにへし折った。

アンディの耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。

その声でニックは我に返り、

慌てて私の手を振り払うと、アンディを庇うように立ちはだかった。

「ティリー、今のはやりすぎだ! アンディは僕のために、君を引き留めようとしてくれただけじゃないか!」

ニックとアンディが固く握り合った手を見つめ、私の表情から温度が消えていく。

「口の利き方も知らない獣を躾けただけ。何か問題でも?」

ニックの仲間たちが前に出て、

威圧的に二人と私の間に割って入った。

「たとえルナであっても、群れの医者を好き勝手に侮辱することは許されない。その代償を払ってもらうぞ!」

言うが早いか、男たちは私を地面に激しく叩きつけた。あまりの衝撃に、口から血がこぼれ落ちる。

「彼女を傷つけるな!」

ニックが前に出て制止する。まるで自分が傷つけられたかのように。

そして、心底どうしようもないといった顔で私を見下ろした。

「テ「ティリー、君が跪いてアンディに謝れば、それで終わりにする」

周囲は彼の私への「寵愛」に感嘆の息を漏らす。

私はその偽善に満ちた表情を、氷のような視線で見つめ返した。

「私の謝罪なんて、彼女にはもったいないわ」

アンディは、ニックとの情事の動画を幾度となく送りつけて私を挑発し、

食事に薬を盛って私の子を流産させた。

それでもニックは彼女を庇い続け、群れの者たちには私が狂ったのだと思い込ませたのだ。

そして今この瞬間も、彼は「ルナを寵愛するアルファ」の仮面を被り続けている。

「ティリー、君を傷つけたくないんだ」

ニックは苦悶の表情で片膝をつくと、一瞬の逡巡の後、

私の指を掴み、容赦なくへし折った。

私の凄まじい絶叫が響く中、彼の手は微かに震えながらも、その動きを止めない。

「これは、アンディへの償いだ。僕は群れのリーダーとして、君を庇って公正さを失うわけにはいかない」

痛みで意識が遠のき、体内の狼が引き裂かれるように呻く。

私を押さえつける力はさらに強まり、呼吸すらままならない。

そして、七本目の指が折られた時、心臓に激痛が走った。

体内の狼が、生命力を失っていくのを感じる。

もはや体の痛みなどどうでもよかった。私は涙ながらにニックに懇願した。

「謝るわ、謝るから……。私の狼が死んでしまう。お願い、彼女を助けて」

ニックは心底失望したという顔で私を見つめた。

「ティリー、責任から逃れるために嘘をつくのか?」

彼はそう言うと、私の八本目の指を掴み、再びへし折った。

繰り返される激痛に感覚は麻痺し、体内の狼は完全に沈黙した。

私は血の気を失った顔で、憎しみに満ちた視線をニックに向ける。

「今日のことを、私の母が知らないよう祈るのね。もし知られたら、あなたたちを絶対に許さないから!」

周囲から、侮蔑に満ちた嘲笑が浴びせられた。

「恐怖で頭がおかしくなったか? お前の母親なんて、群れを追放されたただの野良だろ」

「ニック様のトイレ掃除をさせてもらえるだけでも、ありがたく思えってんだ!」

アンディも怯えたふりをしながらニックの背後に隠れ、囁いた。

「ルナは悪魔に取り憑かれているみたい。だから幻覚を……」

「ニック、銀の剣でその悪魔を殺せば、きっとルナはあなたとの契約を解いたりしないわ」

ニックの目に希望の光が宿ったが、衰弱しきった私を見て、一瞬、葛藤の色を見せた。

だが、数分間の逡巡の末、彼は銀の剣を持ってこさせた。

そして、耐えられないというように固く目を閉じ、剣の切っ先を私の心臓へと向ける。

「すまない、ティリー」

切っ先が服を裂き、冷たい刃が肌に触れようとした、その瞬間――。

一対の手が、私の前に差し出された。