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冷徹なアジアの覇王は、傷ついた隠れ令嬢を独占する の小説カバー

冷徹なアジアの覇王は、傷ついた隠れ令嬢を独占する

結婚3周年を迎えた祝賀会の夜、早川寧寧は残酷な現実に直面する。心から愛した夫・川村真佑にとって、自分は新薬開発のための実験道具でしかなかったのだ。戸籍上の正妻は夫の幼馴染である荒木雪乃であり、寧寧との婚姻関係すら偽造された偽りだった。絶望の淵で家を飛び出した寧寧だったが、そこから彼女の運命は激変する。実は彼女、日本一の富豪である松村隆一が探し続けていた実の娘だったのだ。さらに、手違いからアジアを影で支配する若き帝王・星野拓海と正式に婚姻届が提出されてしまう。かつての夫・真佑は、寧寧が自分に泣きついてくると高を括っていた。しかし、再会した彼女は最高峰の令嬢へと変貌を遂げ、最強の男に愛されていた。かつての傲慢さを失い、地べたに這いつくばって復縁を請う真佑。だが、冷徹な覇王として君臨する星野拓海は、寧寧の腰を強く抱き寄せ、冷ややかな声で言い放った。「残念だが、彼女は私の妻だ」。裏切りから始まった恋は、圧倒的な独占欲とともに加速していく。
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章 2

愛した人に裏切られた衝撃の中から、早川寧寧はまだ抜け出せずにいた。電話越しの男が、同じ言葉を二度目に口にして――ようやく意識が現在に引き戻された。

「な……何って、今、何て言いました……?」

受話器の向こうで、男――松村隆一は静かに続けた。『私は君の父親だ。 君の母・早川葵とは、若い頃、互いの初恋相手だった。 だが当時君の爺さん――松村本家の当主が、どうしても私たちの交際を認めてくれなくてな。結局、別れるしかなかった』

低い声が、遠い過去をなぞるように淡々と告げた。『私は知らなかった。 別れを選んだあのとき、葵の腹の中に、すでに命が宿っていたことを。

父が亡くなり、もう誰にも邪魔されないと分かった頃には…… 母娘二人を迎えに行こうとした時には、葵は病で先に逝ってしまっていた』

一瞬、沈黙が落ちる。その沈黙の重さが、どれだけの後悔を含んでいるのか、想像に難くなかった。

『私は、今もあの頃の自分を呪っている。 寧寧。 この数年、私の事業は主に海外で展開しているが、華国国内にもまだ数兆円規模の資産がある。君は、私にとって唯一の娘だ。 その資産は、君が相続しなさい。 これは……葵と、君への、せめてもの償いだと思ってくれ』

プツン、と通話が切れる音がしたあとも、しばらくの間、寧寧はスマホを耳に当てたまま動けなかった。

(私が、華国一の大富豪の娘……?)現実味のない言葉を、頭の中で何度も反芻した。

そうだ、そう言えば。。母が亡くなる少し前、握った手を決して離そうとせずに、何度も言っていた。――本当は、あなたはもっと良い人生を送れる子なのよ。――自分のものは、自分でしっかり掴みなさい。絶対に手放しちゃダメ。

あのときは、ただの励ましだと思っていた。けれど今なら分かる。あれは、母なりの“遺言”だったのだ。

ぼんやりと曇っていた視界に、ふっとピントが合った。(私は……もっといい人生を生きるべきなんだ)母が望んだとおりに。川村真佑なんていうクズ男の裏切りに、いつまでも囚われている場合じゃない

翌朝。寧寧は身分証明の書類を手に、松村隆一の指定した弁護士事務所を訪れた。重厚な応接室で待っていた弁護士に、書類を渡した。

しかし、書類を確認していた弁護士が、途中で眉をひそめた。「早川さん。失礼ですが……」「はい?」

「当事務所のシステムで確認したところ、あなたは“既婚”という登録になっています。 このまま資産移譲の手続きをしますと、その資産は法律上、ご夫婦の“共有財産”扱いになります。 もしその点でご懸念があるようでしたら、ご主人に“財産放棄同意書”へ署名をいただく必要があります」

「……え?」頭が真っ白になった。――既婚?

川村真佑と交わしたあの婚姻届は、“偽物”のはずだ。そう、本人の口からそう聞かされてきた。それなのに、どうしてシステム上では既婚者になっている?

喉がカラカラに乾き、声がかすれた。

「せ、先生……ひとつ、確認してもいいですか」

「どうぞ」

「私の……私の“夫”が、誰になっているのか、調べてもらえますか?」

弁護士は、露骨には表情を変えなかったものの、どこか奇妙なものを見るような目をした。――自分の夫を、本人が知らない?

それでも、仕事として淡々と端末を操作し、照会をかけた。

数秒後、画面を見ていた弁護士が顔を上げた。「早川さん。システム上の配偶者欄には――」コン、とEnterキーを叩く音を伴い、名前が告げられた。「星野拓海さん、とあります」

星野……拓海。どこかで聞いたような、その名前。けれど顔はまったく浮かんでこない。

(星野……誰?私、そんな人と結婚した覚えなんて……)

戸惑いの波が、何度も胸の中を押し寄せては引いていく。――(とにかく家に戻ったら、この人が一体何者なのか徹底的に調べる。そして絶対に“財産放棄”の同意書にサインさせる)

顔も知らない男に、自分の財産を持っていかれてたまるものか。

そう心に決め、寧寧は立ち上がった。ちょうどその時。けたたましい着信音が、静かな応接室に響き渡った。

スマホを見ると、表示されたのは「院長・内山」の文字。

『早川先生!すぐ病院へ戻ってくれ!』電話に出た途端、切羽詰まった声が飛び込んでくる。『下のクラスの病院から、重要な患者が緊急搬送されてきた。脳幹の海綿状血管腫だ。このケースを救えるのは、君の“ペプチド模倣融合術”だけなんだ!』

「……っ」心臓がどくんと高鳴る。

病院の中で、彼女が世界的に名高い医科の鬼才「夜寐」であることを知っているのは、院長・内山清一郎ただ一人。

多ペプチド模倣融合術は、「夜寐」が編み出した秘術。本来なら、その名も技術も、徹底的に隠し通すはずのものだ。

だからこそ、内山はいつも、寧寧の正体を守るように立ち回ってくれていた。院内で彼女に執刀させるなんて、本来ならあり得ない。それでも、今日に限ってこうして電話をかけてきた。しかも「君にしか救えない」とまで言う。――つまり、それだけこの患者が“重要”だということ。

「すぐ戻ります」通話を切ると同時に、寧寧は弁護士事務所を飛び出し、タクシーを拾って華清総合病院へ向かった。

病院に到着すると、すでに救急のスタッフが慌ただしく動いている。「早川先生!」内山がすぐに駆け寄ってきた。「今回の患者さんは、海外から帰国した重要人物だ。アジア一の大富豪直系の御曹司だぞ。何としても、彼の命を助けてくれ!」

「了解しました」寧寧はキャップとマスクを装着し、淡々と頷く。消毒を済ませると、そのまま一直線に手術室へ向かった。

中に入ると、手術台の上に若い男が横たわっているのが目に入る。

その顔を見た瞬間、寧寧は息を呑んだ。

手術室のライトが月光のように青白く男の顔を照らし出し、どこか現実離れした妖しい美しさを帯びさせている。

完璧な彫刻のような顔立ち。意識を失い、手術のために髪を丸刈りにしていても、それでも艶やかな美しさが際立っていた。――きれい……

医者にとって、患者の顔立ちなど関係ない。自分の仕事は、命を救うこと。それだけだ。

寧寧は表情を引き締め、メスを手に取った。「手術、開始します」

頭皮にそっと刃を入れ、切開していく。脳幹部の海綿状血管腫――一歩間違えれば、その瞬間に命が尽きる。ミリ単位での判断が求められる、極めて繊細な手術だ。

顕微鏡越しの視界だけに集中し、多ペプチド模倣融合術の手順を、ひとつも間違えないようになぞっていく。

時間の感覚は、すっかり失われていた。額を伝った汗が、マスクの縁からぽたぽたと落ちる。

どれほど経っただろうか。手術室のランプが、赤から青へ切り替わった。

外で落ち着かない様子で行ったり来たりしていた内山が、ドアが開くなり、弾かれたように駆け寄ってきた。「早川先生! 手術の結果は?」

寧寧はマスクを外し、少し息を整えてから答える。「――成功です。 出血もコントロールできましたし、後遺症のリスクも最低限に抑えられたと思います。 患者さんは、そう時間を置かずに目を覚ますでしょう」

「そうか……それは本当によかった……!」内山は大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。「もしこの星野家のご子息に何かあったら、 星野会長にどう説明すればいいか分からなかったところだ」

「星野……?」その名字を聞いた瞬間、寧寧の眉がぴくりと動いた。「院長、患者さんのフルネームは?」

「ん? ああ、星野拓海だよ。 アジア一の大富豪・星野家の後継者なのは有名な話だろう? 知らなかったのか?」

名前を聞いた瞬間、視界がぐらりと揺れた気がした。星野拓海。――さっき、弁護士が端末から読み上げた名前。『あなたの夫の名前は、星野拓海さんです』その言葉が、鮮やかに蘇る。

「……っ」寧寧の瞳が、大きく見開かれた。まさか、自分が救った患者は――法律上の夫だったなんて。