フォローする
章
共有
偽装死から始まる復讐劇 の小説カバー

偽装死から始まる復讐劇

誰もが憧れるような理想の家庭を築き、カリスマ建築家の夫と愛する息子に尽くすことこそが私の幸福だった。しかし、その日常は残酷な裏切りによって崩壊する。夫は不倫に溺れ、あろうことか最愛の息子までもがその愛人を新しい母親として受け入れ、私を裏切っていたのだ。結婚記念日の夜、夫が用意した見せかけのサプライズの場で不倫相手が姿を現し、公衆の面前で私との関係を嘲笑いながら暴露した。家族という絆も、信じていた愛もすべてが偽りだったと悟った時、私の心には猛烈な憎悪の火が灯る。私はすべてを捨てて復讐に生きることを決意し、失踪屋の手を借りて自らの死を偽装した。翌朝、世間には「長谷部直世、海難事故で死亡」という偽のニュースが流れる。死人となった私は姿を変え、私から居場所と尊厳を奪い去った者たちを地獄へ突き落とすための冷徹な計画を開始する。これは、絶望の淵から這い上がった女による、壮絶な復讐劇の幕開けに過ぎない。
章
共有

章 2

ガチャリ, と鍵の回る音が響いた.

その音は, 私にとって拷問の始まりを告げる合図のようなものだった.

私はソファに座り, 瞑目したまま動かなかった.

ドアが開き, 浩之と光翔の声が聞こえる.

彼らは上機嫌で, いつも通りの「完璧な家族」を演じている.

「直世, ただいま! 」

「ママ, ただいまー! 」

浩之の甘ったるい声と, 光翔の無邪気な声.

私にはその一つ一つが, 耳障りな雑音として響いた.

彼らが私に近づいてくる.

浩之が私の肩に手を置いた瞬間, 私は思わず身を固くした.

しかし, そんな私の微かな反応に, 彼は気づくはずもない.

いや, 気づかないふりをしているだけだろう.

「疲れてるのか? 今日も一日, 家のことありがとうな」

その言葉の裏に隠された欺瞞が, 私には痛いほど分かった.

彼は私を「良い妻」として扱い, 自分を「良い夫」と錯覚させたいだけだ.

私の心は氷のように冷え切っていた.

こんな茶番に, もう付き合う気はなかった.

「ええ, 少し」

私は感情のこもらない声で答えた.

光翔が私の膝に駆け寄ってくる.

その小さな手が, 私の服の裾を引っ張った.

「ママ, これ見て! 」

私は用意しておいた小さな箱を, 光翔に渡した.

彼が今日一日, 私にまとわりつくのを避けるための, ささやかな策略.

「開けていいけど, 今じゃないわ. パパと一緒の時まで我慢してね」

彼の顔が輝く.

無邪気な笑顔.

しかし, その奥に隠されたもう一つの顔を, 私は知っている.

「やったー! ママ, ありがとう! 」

彼の心の声が, また私の脳裏に響いた.

私は何も知らないふりをして, 光翔の頭を優しく撫でた.

その手のひらから伝わるのは, 小さな裏切り者の熱.

浩之は満足げに光翔の頭を撫で, 箱を彼から受け取った.

「直世, ありがとうな. 光翔も喜んでる」

その時, 浩之のスマートフォンの通知音が鳴った.

軽快なメロディ.

彼は一瞬, 私の方をちらりと見た.

そして, すぐに取り繕うように笑顔を貼り付ける.

浩之の心の声が, 私の耳に届く.

私はゆっくりと立ち上がった.

私の心は, もう揺らぐことはない.

「あなたたち, 少し休んだら? 私は夕食の準備があるから」

私の声は, ひどく穏やかだった.

浩之は, 少し驚いたような顔をした.

いつもなら, 彼が仕事から帰ってくれば, 私は彼の疲労を労い, 彼のために尽くす.

しかし, 今の私は, 彼らに何もしてやりたいとは思わなかった.

「ああ, そうだな. 直世も無理するなよ」

浩之はそう言いながら, 私の頬にキスをしようとした.

私は身をかわすことなく, ただ無表情で彼のキスを受け止めた.

彼の唇が私の頬に触れた瞬間, 私は心の中で冷笑した.

この男のキスは, もう何の感情も動かさない.

ただ気持ち悪いだけだ.

彼の心の声が, 私の耳に聞こえる.

私は, 彼らに一つの物語を語って聞かせることにした.

これは, 彼らへの, 私からの最後の警告だ.

「ねえ, あなたたち. 昔, ある国の王女様がいたの. 彼女はとても無垢で, 誰をも信じたわ. ある日, 彼女は愛する人から裏切られたの. その裏切りは, 彼女の心の全てを壊してしまったわ」

浩之と光翔が, 私の顔を見上げた.

光翔の瞳には, ほんの少しの不安が宿っている.

浩之の顔には, 奇妙な戸惑いが見て取れた.

「その王女様はね, 復讐を決意したの. 彼女は自分の死を偽装して, 裏切った者たちから姿を消したわ. そして, 最も幸せな瞬間だと思っていた時に, 彼らの全てを奪い去ったのよ」

私の言葉が, 重く部屋に響く.

部屋の空気が, 一瞬で凍りついたように感じた.

光翔の小さな体が, ビクリと震えた.

彼の心の声が, 恐怖に震えている.

浩之は, 顔から血の気を失っていた.

「直世, 急にどうしたんだ? そんな怖い話, 光翔が震えてるじゃないか」

彼の声にも, 動揺が隠しきれていない.

その時, 再び浩之のスマートフォンが鳴った.

今度は, 明らかに催促するような振動音.

浩之は, 一瞬私から目をそらし, スマートフォンの画面を見た.

その顔には, 焦りが浮かんでいる.

「すまない, 直世. 急な仕事の連絡が入った. 少し出かけてくる」

彼はそう言い残し, 光翔の手を引いた.

光翔は私を振り返り, 心配そうな顔をした.

しかし, 浩之に引っ張られるようにして, 部屋を出ていく.

「ママ, 大丈夫? 」

光翔の声が, 遠ざかっていく.

私は何も答えなかった.

ただ, その背中を, 冷たい瞳で見つめていた.

ドアが閉まり, 再び部屋に静寂が訪れる.

私は, ゆっくりとソファに体を横たえた.

そして, 目をつぶった.

しかし, 眠りについたわけではない.

私の耳は, 玄関のドアが閉まる音, エレベーターが降りていく音, そして車が走り去る音を, 鮮明に捉えていた.

やがて, 遠ざかっていく車のエンジン音.

その音は, 私にとって自由への賛歌だった.

私はゆっくりと目を開けた.

部屋は闇に包まれている.

しかし, 私の瞳には, 以前のような絶望の色はなかった.

代わりに宿っていたのは, 鋼のような強い意志と, 燃え盛る復讐の炎.

窓の外を覗くと, 浩之の車が, 見慣れた道ではなく, 脇道へと入っていくのが見えた.

その脇道の先は, 彼の不倫相手である桑名亜矢子のマンションがある場所だ.

私は冷笑した.

「さようなら, 私の愛しい裏切り者たち」

私の目に, もう涙はなかった.

涙は, 弱さの証だ.

私はもう, 弱い女ではない.

私の心は, 彼らがくれた痛みで, 完全に凍りついた.

だが, その凍った心の中で, 復讐の炎だけが, 激しく燃え盛っている.

私はベッドの下に隠しておいた小さなバッグを取り出した.

中には, 新しい身分証と, 失踪屋との契約書が入っている.

そして, いくつかの現金.

これさえあれば, 私はどこへでも行ける.

長谷部直世という過去を捨て, 新しい人生を歩むことができる.

「待ってなさい, 浩之, 光翔, そして桑名亜矢子」

私の唇から, 呪詛のような言葉が漏れた.

私から奪ったもの, 全てを奪い返す.

それどころか, 彼らが今まで築き上げてきたもの全てを, 私はこの手で破壊する.

長谷部直世は死んだ.

そして, これから現れるのは, 彼らに地獄を見せるための悪魔だ.

私はベッドから立ち上がり, 新しい自分になるための準備を始めた.

外から, 遠くでサイレンの音が聞こえる.

それは, 私の新しい人生の始まりを告げる, 合図のようだった.

嵐が, 今, まさに始まろうとしている.