臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜 の小説カバー

臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜

8.4 / 10.0
高級娼館「臥待月」を舞台に描かれる『臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜』。人里離れた日本家屋で、二人の美しい男娼が訪れる客の悩みを癒やしていく。lgbtの要素を含んだ本作は、禁じられた場所で交錯する欲望と純愛を綴るromance novelです。選び抜かれた男性だけが足を踏み入れることを許される秘められた空間で、彼らが守り抜く矜持と真実の愛の行方とは。耽美な世界観で贈る人気のweb novelをお楽しみください。
「臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜」のあらすじ
街の喧騒から遠く離れた外れに、ひっそりと佇む一軒の古い日本家屋がある。そこは、限られた者のみが足を踏み入れることを許される、知る人ぞ知る格式高い高級娼館「臥待月」であった。この隠れ家のような館に招かれるのは男性客のみ。静謐な空気が流れる館内では、世に二人といないほどに美しい容姿を持った二人の男娼が、訪れる客を優しく迎え入れる。彼らの役割は、単に身体を重ねることだけではない。「どんなお悩みも癒やして差し上げます」という言葉の通り、客が心の奥底に抱える苦悩や孤独、誰にも言えない葛藤を、至高のもてなしによって解きほぐしていくのだ。月の光が差し込む幻想的な空間で、選ばれし男たちが提供するのは、心身ともに満たされる極上の癒やしの時間。日々の喧騒に疲れ、魂の救いを求める男たちは、この秘められた館で美しい男娼たちと対峙し、己の傷を癒やしていく。耽美な世界観の中で描かれる、男たちの切なくも温かな交流の物語。隠れ家的な舞台設定と、神秘的な魅力を持つ登場人物たちが織りなす、至高の癒やしと愛のドラマがここに幕を開ける。
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臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜 第1章

町外れに、古びた日本家屋がある。

 よく手入れされた庭園があり、ところどころ朽ちかけた石壁の隙間から、のぞき見ることができた。 人の出入りはほとんど見かけないのにも関わらず、いつでもその庭は整っていて、玄関先の大きな桜の樹のしたに、花びらが散っているのすら見かけることはなかった。 表札もなく、ポストに郵便物がたまることもないため、近所では空き屋ではないかと噂されたこともあるらしい。

しかし、さびれも荒れもしないどころかその屋敷は、ふかく夜が更けると、ぼんやりと灯りが灯るのだった。

 私は、月の見えない晩にある噂を真に受けて、その屋敷のある町外れを訪れた。 小雨が降り始めた。 噂を信じて買い求めた、骨が多い和傘を開いた。明るい海老茶色の布がいくらか恥ずかしい。

細い路地を抜けると、大きな屋敷が見える。 小さな灯りが門を照らしていて、私はほっと胸をなで下ろした。 とりあえず迎えてもらえそうだ。あの灯りが消えているときは、入れてもらえないのだと聞いたことがあった。 門の前までたどりついて、建物の大きさにひと呼吸した。 あたりに車通りはなく、静まりかえった夜更けの日本家屋。誰か住んでいる気配は感じられないのに、何故か無人の不気味さはなかった。 呼び鈴もなにもない。戸惑いながら傘を閉じたとき、からからと格子戸が開く音が聞こえた。

「おしめりは止みましたか」

ゆったりとした京なまりで、濃紺の着物に、腰の低いところで海老茶色の帯を締めた青年。濡れ羽色と表現するのにふさわしい黒髪は長く、ひとつに結って、背中に流れている。 あまりの美しさに私が呆然としていると、青年は、私の傘を見て、艶やかに微笑した。  

「お待ちしておりました」

「あ…あの、私は」

青年は格子戸を片手で押さえ、館の中にいざなうように私に手を伸ばした。手と足が一緒に出そうになりながら私は進み、彼の手をおずおずと掴んだ。 その瞬間、玄関先の桜が風でざわめき、花びらが私のうえに降り注いだ。

 薄暗い回廊は、外から屋敷を見た時には予想もつかないほどの長さだった。 途中、灯りがついた部屋もあったが、私が通されたのは、回廊のずっとずっと奥だった。 障子がするすると開くと、ほんのりと明るい座敷に通された。 新しい畳の良い香りと、卓袱台に並んだ豪華な食事。 青年は私を卓袱台の前に案内すると、青年は三つ指をついて、ふかく頭を下げた。

「今宵はこころゆくまでおくつろぎくださいませ」

私は、青年が顔を上げるのを待って、尋ねてみた。

「噂は本当だったのですね。ここは本当に…その……」

言葉に詰まってしまった私に、軽く首を傾け、青年は答えてくれた。

「お客様のご要望にお応えする宿でございます。食事のあとには、そちらに湯を用意してございます」

「湯……」

私の顔が赤くなったのを見ても青年は表情を変えず、静かに立ち上がった。 そして繋がった隣の座敷の襖を、音もなく開けた。 私は口を開けたまま、息を飲んで固まってしまった。 庭園を望める大きな窓、白い湯気をあげる備え付けの桧風呂と、その手前に敷かれた布団。お約束といわんばかりに、並べられた二つの枕。

「わ…私は、そのっ……半信半疑で来てしまって……」

「春日井さまとお呼びしてよろしいですか?それとも、静さんと?」

「えっ…?」

「ここは、秘めた想いを抱えた方がいらっしゃる宿です。もちろん、お迎えする私共も同じでございます。もしよろしければ、静さんと呼ばせていただけませんか?」

 青年は襖を締めて、私の横に膝を折って座った。わずかに白檀の香りが漂ってきた。 青年は熱燗の徳利を持ち上げ、ふたたび艶やかに微笑した。

「夕とお呼びください。静さん」

 私はもう、この夕(ゆう)という青年から目を離せなくなっていた。

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臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜 目次一覧

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