最後の別れ、心に刻むもの の小説カバー

最後の別れ、心に刻むもの

9.7 / 10.0
末期の脳腫瘍で余命宣告を受けた建築家の妻が、夫の不倫と裏切りに直面し、自らの尊厳を取り戻す戦いに挑む。タイトル『最後の別れ、心に刻むもの』が描くのは、病に侵されながらも犠牲者で終わることを拒む女性の決意。このmodernなromance novelでは、愛弟子の妊娠や家族の冷遇という絶望の淵から、自分のために生きる道を選ぶ主人公の姿を追う。web novelファン必読の、人生の代償と再生を懸けた至極の物語。
「最後の別れ、心に刻むもの」のあらすじ
原因不明の体調不良に半年も苦しみながら、私は痛みを隠し続けてきた。一流建築家として活躍する夫・桐谷涼介の理想的な妻であり続けることが、私のすべてだったからだ。しかし、二人の関係が終わりを迎えた夜、夫は私の電話を無視し、代わりに彼の若い愛弟子から親密な二人の写真が届く。裏切りを問い詰めても、涼介は私をヒステリックだと突き放し、妊娠した愛人を選んだ。絶望し、母に助けを求めたが、母さえも「彼は良い人」だと夫を擁護し、私を突き放した。愛の誓いも家族の絆も、私が最も弱っている時にすべて崩れ去ったのだ。そんな折、私に下された診断は末期の脳腫瘍、余命わずか数ヶ月という残酷な現実だった。だが、死の宣告を受けた瞬間、不思議と悲しみは消えた。ただの犠牲者として生涯を終えるつもりはない。残された時間は自分のためだけに使い、裏切った彼には、その代償として一生消えない後悔を刻みつけてやる。自らの尊厳を取り戻すための、最後の数ヶ月が始まる。私は静かに決意を固めた。
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最後の別れ、心に刻むもの 第1章

半年もの間、原因不明の病が私の体を蝕んでいた。けれど私は、絶え間ない痛みを無視し続けた。成功した建築家である夫、桐谷涼介にとって、完璧で、支えになる妻であるために。

私たちの結婚が終わった夜、彼が私の電話に出ることはなかった。代わりに、彼の若い愛弟子から一枚の写真が送られてきた。幸せそうに愛し合う二人が、腕を絡め合っている写真だった。

彼を問い詰めると、私をヒステリックだと罵り、彼女を選んだ。すぐに彼女が妊娠していることを知った。私と築くはずだった家庭を、彼は別の女と作ろうとしていたのだ。

絶望の中、慰めを求めて母に駆け寄ったが、母は彼の味方をした。

「涼介さんはいい人よ。わがままを言わないの」

病める時も健やかなる時も私を愛すると誓ったはずの彼は、家族もろとも、私が最も弱っている時に私を見捨てた。私の痛みを、ただのわがままだと切り捨てて。

しかしその日、私自身に下された診断は――末期の脳腫瘍。余命は、わずか数ヶ月。

その瞬間、すべての悲しみは消え去った。犠牲者のまま死んでたまるものか。残された日々を自分のために生きる。そして彼には、その代償を一生背負って生きてもらうのだ。

第1章

有栖川莉緒 POV:

私の結婚が終わった夜。それは爆発のような衝撃ではなく、電話の向こうの、息が詰まるような沈黙から始まった。

午後十一時。そして、午前零時。午前一時。

雨が、私たちのマンションの床から天井まである窓を激しく叩いていた。眼下に広がる街の灯りは、ネオンと影が滲んだ水彩画のようにぼやけている。突風が吹くたび、ガラスがきしむ。それはまるで、私のささくれ立った神経を物理的に殴りつけてくるかのようだった。

鈍く、慣れ親しんだ痛みが骨の奥深くに巣食っている。この半年間、ずっと私に付きまとっている感覚だ。関節から始まり、体中に広がっていく、じりじりとした熱。それは私を永遠の倦怠感に陥れていた。カシミアのブランケットを肩に引き寄せたが、寒気は体の内側から、芯から染み出してくるようだった。

スマホの画面に映る涼介のアイコンの上で、私の親指が彷徨う。沖縄での新婚旅行の写真だ。瑠璃色の海を背景に、彼のカリスマ的な笑顔がまぶしいほどに輝いている。彼は無敵に見えた。幸せで。愛に満ちていた。

十回目の発信ボタンを押す。

また、留守番電話。

「桐谷です。メッセージをどうぞ」

いつもなら私のどんな不安も和らげてくれる、彼の温かいバリトンボイスが、小さなスピーカー越しに空虚に、そして遠くに聞こえた。

メッセージの履歴をスクロールする。彼からの最後のメッセージは午後四時半。

`涼介:会議が長引いてる。夕飯は先に食べてて。`

`莉緒:わかった。大丈夫?`

`莉緒:愛してる。`

私の最後の二つのメッセージには「送信済み」とは表示されているが、「既読」にはなっていない。

彼らしくない。涼介は野心家で、建築界の若きスターとしてカレンダー通りに生きる男だ。でも、同時にマメな人でもあった。いつも返事をくれる。必ず。たとえ一言の短いテキストでも、必ず連絡をくれた。

画面の中で、私のメッセージの吹き出しが、まるで私を責めるように点滅している。

`莉緒:ねえ、まだ終わらない?もう遅いよ。(送信 21:15)`

`莉緒:まだ会議中?少し心配になってきた。(送信 22:30)`

`莉緒:涼介、お願いだから無事かどうかだけでも教えて。(送信 00:45)`

メッセージを書いては消し、書いては消し、入力中の三つの点が現れては消える。めまいに襲われ、ソファの肘掛けを掴む。指の関節が白くなる。医者たちは、ストレスだ、心気症だ、時間を持て余した女の漠然とした不平不満だと一蹴した。「もっと睡眠をとってください、莉緒さん。ヨガでも試してみては?」

でも、この感覚、この深刻な体の衰弱は、ストレス以上のものに感じられた。まるで私の体が、ゆっくりと、静かに機能を停止していくようだった。

画面の上部に通知がポップアップし、心臓が喉まで飛び跳ねた。

涼介からのメッセージではなかった。

SNSの友達リクエストだった。

`北川佳織さんがあなたに友達リクエストを送信しました。`

知らない名前だった。プロフィール写真はプロが撮った宣材写真。二十代半ばだろうか、鋭く知的な目と自信に満ちた笑みを浮かべた若い女性。自己紹介文は短く、その野心はほとんど攻撃的ですらあった。

`K-ARCHITECTS所属、ジュニアアーキテクト。未来を、一枚の青写真から。`

K-ARCHITECTS。涼介の事務所だ。彼がここ数週間、絶賛していた新しい弟子。「彼女は天才だよ、莉緒。本物の才能がある」

病よりも重く、冷たい恐怖が背筋を這い上がった。なぜ彼の若く野心的な同僚が、午前一時半に私に友達リクエストを送ってくるの?

私の指は震えながら、彼女のプロフィールをクリックした。公開設定になっていた。一番上の投稿は、二時間前のもの。一枚の写真。

いや、写真じゃない。これは、声明だ。

涼介が好みそうな、洗練されたモダンなバーの写真だった。手前には、乾杯するように掲げられた二つのカクテルグラス。片方の手は紛れもなく男性的で、力強く、小指には私が結婚三周年の記念に贈ったシルバーの印台リングがはっきりと見えた。

もう片方の手は、繊細で女性的。完璧に手入れされた爪は、深く、血のような赤色に塗られていた。

写真の下のキャプションは、たった一文。破壊的な一文だった。

`私の未来を、私以上にはっきりと見てくれる人と、新たな始まりに乾杯。`

息が止まった。部屋から空気が吸い出されていくような感覚。論理的な説明を見つけようと、頭が必死に回転する。チームのお祝い。クライアントとの会食。私の直感が絶叫していること以外の、何でもいいから。

その時、見えてしまった。涼介のカクテルグラスの湾曲した表面に、歪んで映り込んでいる、スマホを構える人物の姿。彼女だ。北川佳織。そして、彼女に寄り添い、頭が触れ合いそうなほど近くにいるのは、私の夫だった。

私の親指は、まるでそれ自身の意志で動いたかのように、彼女の友達リクエストの「承認」ボタンを押していた。

即座に、新しいメッセージがポップアップした。言葉ではなかった。

一枚の写真。

私に直接、送りつけられた。

今度は曖昧さなど微塵もなかった。歪んだ反射でもない。豪華なソファ席に座る、涼介と佳織。彼の腕は所有欲を誇示するように彼女の肩に回され、彼は笑っていた。ここ数ヶ月、私が聞いたこともないような、心の底からの、楽しそうな笑い声が聞こえてきそうだった。彼女は彼の胸に寄りかかり、至福の表情で目を閉じている。

二人は、恋人同士にしか見えなかった。

スマホが、痺れた指から滑り落ち、フローリングに音を立てて転がった。画面は割れなかったけれど、私の中の何かが、修復不可能なほど粉々に砕け散った。

涙で滲む視界で、その画像を睨みつけた。背景。そこは、麻布の『ラ・ステラ』。私たちの行きつけのイタリアンレストラン。彼が最初の結婚記念日に私を連れて行ってくれた場所。これから先、人生のすべての節目をここで祝おうと誓った場所。

この写真は宣戦布告だった。そして私は、丸腰のまま、自ら戦場に足を踏み入れてしまったのだ。

不器用で震える指で、スマホを拾い上げる。私たちのメッセージ画面を再び開く。私の返信のない嘆願で埋め尽くされた画面を。

私の親指がキーボードの上を飛ぶように動く。病と悲しみの霧を焼き尽くす、突然の、白熱した怒りが言葉を紡ぎ出す。

`莉緒:彼女は誰、涼介?`

`莉緒:答えなさい。`

`莉緒:どこにいるの?`

今度は、私の世界をめちゃくちゃにした見知らぬ女にメッセージを送った。

`莉緒:これは何?あなたは誰?`

沈黙。

どちらからも。

残りの夜を、私は冷たい床の上で丸まって過ごした。夫の裏切りの写真を睨みつけながら。外の雨は、いつしか惨めで、すすり泣くような霧雨に変わっていた。体中の痛みなんて、胸に開いた gaping wound に比べれば何でもなかった。

夜明け前、ついに疲労が私を襲った。浅い眠りに落ちたかと思うと、悪夢に突き落とされた。夢の中で、私は枯れた花畑に立っていた。涼介が、畑の向こうで佳織の手を握っている。彼は私を怒りの目ではなく、それよりもずっと残酷な、憐れみの目で見つめていた。

「君はいつも疲れてばかりいるからね、莉緒」彼の声が夢の世界に響き渡る。「佳織には…エネルギーがあるんだ」

彼の言葉がもたらす幻の痛みが、どんな現実の侮辱よりも鋭く、私は息を呑んで目を覚ました。頬が涙で濡れていた。

床の上のスマホが震えた。

北川佳織からの新しいメッセージ。

私の質問への返信ではなかった。また別の写真だった。

今度はキッチンにいる二人。レストランのキッチンじゃない。私の、キッチン。涼介が彼女の後ろに立ち、彼女の腰に手を回し、コンロの上の鍋で何かをかき混ぜるのを手伝っている。見覚えのある鍋。彼が結婚祝いに買ってくれた、高価な調理器具セットの一部だった。

彼はこのキッチンで、二人で食事を共にし、静かな時間を過ごす、そんな一生を私に約束したはずだった。

今、彼はその思い出を、他の誰かと築いていた。

私の丹念に築き上げた世界は、ひび割れただけではなかった。計画的に破壊されたのだ。そして、その破壊の設計者は、どんな嵐からも私を守ってくれると信じていた、たった一人の男だった。

激しく、喉の奥から嗚咽が漏れた。涙で濡れた画面の上を親指が滑りながら、私は佳織に必死の、怒りに満ちたメッセージを打ち込んだ。

`莉緒:何してるの?自分のこと何様だと思ってるの?`

`莉緒:あなたは結婚を、家庭を壊してるのよ。`

一瞬の間があった。また無視されるかもしれない、そう思った矢先、三つの小さな点が現れた。彼女が、入力している。

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